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過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

決断という技術

 

決断という技術

決断という技術

 

 

柳川さんの本を探してたら本書を見つけた。

胃業界の御三方が対談した内容をまとめたもの。

 

「決断」という言葉には強い力を感じる。強制力というか。

物事に対して覚悟をもって決断するということは、何か絶対的なもの、それを貫き通す意思の存在を示すものであるかのように受け取れる。

でも、そもそもそうじゃないんだと、いかに僕が決断という言葉を神格化しているかをこの本は教えてくれる。

それは自販機で飲み物を決める場面だっていいし、ショートケーキかチョコレートケーキのどちらを選択するかの場面だっていい。

実は決断という行動は日常的にとっている選択のことだ。

当然、個人レベルと組織レベルでそれは違ってくる。

 

組織レベルについて言うと、日本では決断の痕跡を残さないように、責任の所在が明確にならないような、場の空気の決定というものがある。議論を進める中で、どうやって決めるか、誰が決めるかは明確に定まっておらず、時間経過とともにその場の納得感や妥当なラインがなんとなく形成されてきて、どこからか沸き上がってきた空気により物事がきまり進んでいく。

最近の例だと、新国立競技場が良い例だろう。

あんなに大きな案件が、あんなにふわっとした感覚を覚えるのは、空気により物事が進んできたからではないだろうか。

渦中にあった安藤忠雄氏の会見でもリーダー不在の発言もそれを証明している。

案件が大きすぎてどこにも主体性がなく、あえて言えば空気という主体がふわふわと漂い時間経過と共に既成事実化していく。

ある意味、とても日本的な事象なのかもしれない。

それがうまく働く場合と働かない場合があるが、この例では明らかに後者だ。

(行末が非常に気になるが、ここでこの件はあまり立ち入らないことにする)

 

ここで、本書で紹介されている指標の一つとして、KPI(キーパフォーマンスインディケーター)という言葉がある。

KPI 【 Key Performance Indicator 】 重要業績評価指標

キーパフォーマンスインディケーター / キーパフォーマンス指標
KPIとは、目標の達成度合いを計る定量的な指標のこと。目標に向かって日々業務を進めていくにあたり、「何を持って進捗とするのか」を定義するために設定される尺度で、現況を指し示す様々な指標の中から、進捗を表現するのに最も適していると思われるものが選択される。KPIは継続的に測定・監視され、その向上のために日々の活動の改善が行われる。

(e-wordsより:http://e-words.jp/w/KPI.html)

 

 組織として目的のために、定量的に評価できる指標を持つことが大事だという。

これがないことで、精神論や根性論に傾倒していくことで、結果として組織のパフォーマンスが下がることになる、という指摘がある。

個々人では色々な主義主張はあるけれど、チームとしてこれを目的・評価対象としましょう、という共通の指標があれば、その指標が適切であれば適切であるほど、良い結果をもたらすのだろう。

それを前提とすることで、組織として合理的な決断ができるようになるのだ。

 

ではその「決断」自体はどのように行えばいいのだろうか。

プロセスを簡単に区分すると、情報収集・分析、判断、そして決断、というプロセスだ。

特に水野氏は、情報収集・分析、判断が重要だと言う。これを基礎として決断をするわけだから、この部分で努力しなければ、そもそも決断を誤ることになる。

決断自体は、限られた条件や制限下で行われるものであるのだから、その範囲内で努力して決断をすることになる。

そして、状況が変わればまたその時に決断をする。それが繰り返されていくのだ、という。

本書内でも話が出ているように、日本人は正解を求めすぎるという。間違いが怖いから、とにかく正解を欲するのだと。

自分を振り返っても仰るとおり、である。

仕事の場面においても、間違いが怖いから自分で判断するよりも、周りの意見を色々と聞いてしまうことがある。それは結局のところ自分で決断する責任から逃れているだけであって、主体性を放り投げてしまっている。

そうして、結果的に後悔することも多い。なぜなら、正解がない状況において他人に意見を求めれば、当然その当人の考えに基づく答えが返ってくる。

それが一人でなく二人、三人、となっていけば当然違う意見が集まることになる。

しかも、状況が変わればその意見も変わってくる。

結局、そうしたことに翻弄されることになるし、それでは良い仕事はできない。

当たり前のことだけど、自分の頭で考える、これに尽きるのだ。

しかし、こんなに簡単に言っているけれど、それが如何に出来ていないことか。。

 本書でも言っている。 

本当の正解はわからないけど、割りきって自分が正しいと考える答えを選ぶ。

そうした、「正解がない解を自分で選ぶこと」それが出来ないのであれば、そうしたトレーニングを積み重ねていく必要があるのだ。

 

 僕は物事を決める時に何を基準にしているかというと、直感で肌感覚的な部分が大きいように思う。

楽しいこと面白いこと気持良いこと楽なこと良さそうなこと。

こう書くと論理的な考えが出来ていないことを示しているようでお恥ずかしい限りだ。。

また、そうであるからこそ、本書の御三方が言語化して決断の方法について語れる様子は勉強になる。

 

自分の決断を意識化し蓄積すること。

状況に応じて次の決断を行うこと。

そのためには情報収集を欠かさないこと。適切に見直すこと。

決断をしないということは、「決断をしない」という決断をしていること。

決断のクオリティを意識すること。

 

自分と照らし合わせながら、楽しく読めたよ。