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従属国家論

憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書かれている。すなわち、世界の諸国民は平和愛好的であるという前提で、日本は武力放棄するといっているのです。

しかしもちろん、今日、この前提は成り立っていません。

従属国家論 (PHP新書)

従属国家論 (PHP新書)

 

  

「戦後」がどのように生み出されたのかという点を、「日米の非対称的な二重構造」をキーワードに展開される氏の考え。

 

本書内で指摘されているように、僕自身も戦後の始まりは1945年の8月15日であると思っていた。というのも、終戦の日は8月15日だから、という認識程度であるから。

そもそも1945年8月15日には何があったのかというと、前日の14日に日本政府が連合軍に対してポツダム宣言の受託を通告し、昭和天皇が国民に降伏を伝えたのだ。いわゆる玉音放送というものだ。

wikipediaの記述が分かりやすいので、以下に引用しておく。

日本政府は、8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とし、全国戦没者追悼式を主催している。一般にも同日は終戦記念日終戦の日と称され、政治団体NPO等による平和集会が開かれる。

日本において第二次世界大戦(太平洋戦争(大東亜戦争))が終結したとされる日については諸説あり、主なものは以下のとおりである。

  1. 1945年(昭和20年)8月14日:日本政府が、ポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した日。
  2. 1945年(昭和20年)8月15日玉音放送昭和天皇による終戦の詔書の朗読放送)により、日本の降伏が国民に公表された日。
  3. 1945年(昭和20年)9月2日:日本政府が、ポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書休戦協定)に調印した日。
  4. 1952年(昭和27年)4月28日日本国との平和条約サンフランシスコ平和条約)の発効により、国際法上、連合国各国(ソ連共産主義諸国を除く)と日本の戦争状態が終結した日。

4月28日については、サンフランシスコ平和条約が発効して日本が完全な独立を回復した日であることから、「主権回復の日」や「サンフランシスコ条約発効記念日」とも呼ばれている。連合国軍の占領下にあった1952年(昭和27年)4月27日までの新聞紙上では、9月2日降伏の日降伏記念日敗戦記念日と呼んでいた。

*1

 ここから分かるように、実際の調印は9月2日であり、国際的な終戦はその日になる。

しかし日本は玉音放送を主としているのでギャップがある。このギャップにつけこんだのがロシアであり、よく知られる北方領土問題の出現だ。

玉音放送で有名な一節の一つに、以下がある。

朕は時運のおもむくところ、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す。

太平の世のため、ポツダム宣言を受け入れた。

実際のところは受け入れるほかに選択肢は無かったのだけれど。

ではそのポツダム宣言とはいかなるものであったか。

ちょっと前にニュースで再び話題になったキーワードではあるけれど、つまりは「日本国政府が軍隊の無条件降伏を宣言することを日本に要求する」ということであると氏は語る。

このポツダム宣言の作成自体、ほぼアメリカが単独で行ったのだという氏によれば、ポツダム宣言はあくまで日本を占領する文ではなく、罪は軍国主義者にあり、そのために無条件降伏せよ、ということらしい。

一方で、ポツダム宣言に対する日本政府からの質問において、アメリカから返ってきたバーンズ回答というものは、日本の統治権はGHQの最高司令官に「従属する」ものとされ、事実上の主権は最高司令官にある、とされる。

ここで、GHQポツダム宣言履行のために連合軍で組織された集団だが、その実はほとんどアメリカ人からなる組織。

つまり氏が言いたいのは、もともとアメリカは日本を非軍事化するために占領したいという本音があったということだ。

しかしその本音は直接的ではなく、間接的に作用していった。

 

そんな流れを眺めつつ、日本はいかに体面を保ちつつも事実上はアメリカに従属しているかの欺瞞を氏は指摘する。

国防の話で僕がいつも思い出すのは三酔人経綸問答だ。

平和を謳う紳士君は、他国から攻撃を受けてもやり返さず、無礼で非道なやつだと叫んで受ける。それは世界がそれを許さないという理想があるからだ。

 

しかし世界から争いは消えない。そうした争いが各国間の連携をますます強化させ、ますます外交というものが難しくなる。

そうした中で、日本は知らぬ存ぜぬ、我が国だけを思う、で通じるのだろうか。

なぜなら、過去脈々と領土を守ってきたのは、アメリカの軍事力である側面もあるだろうから。

 

主権とは何か。日本の歴史においてそれはどう現れたか。

「戦後」というものをどう認識するか、そこに折り重ねられた欺瞞をどう読み解いていくか。

 

今後増々必要になる日本という国のカタチを考えるときに、知っておきたい視点があった。

最後の章が、胸に痛い。

*1:wikipediaより