過ぎ行く日々を少しでも。

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ブログを書く

これまた昔に買って、本棚の肥になっていた本。

最近ようやく読んだ。

 

著者は小説家であり、アメーバブックスで編集長を勤め、人気ブログの書籍化を行っている。

文学に造詣が深い他には、ロックミュージシャンとしての経歴も持ち、見識に幅のある人物である。なんて論する器量を持ち合せてないのだけれども。

 

2006年初版発刊ということもあり、いささか時間の流れを感じるのは否めない。

氏が言っていた"優しい無意識"だっけか、そうした表現の場は今やTwitterが主流だ。

ブログがマルチメディアに対応してきた一方で、文字による感情や思案の表現化における瞬発力はTwitterの役割は強力であるし、だからこそブログに求める役割は明確になったとも思う。

即ち、140文字では表しきれない想いや考え、あるいは記録としての情報を蓄えるため、ブログというものはあるのだと思う。

 インターネット上で"表現"の場が広がっている事には異論が無いと思う。

それぞれの分野に特化したコミュニティーが今や競合しシェアを奪う様に存在している。

メインストリームの変化はある日突然起こるのが、インターネットの世界だ。

そうした世界の中で、ブログというものは確固たる地位を築いているように思える。

海外ではどうかしらないが、体感的に、少なくとも日本ではそう思える。

"一億総表現者"と言われてだいぶ経つが、インターネットの世界でブログが持つ市民権は、この先も当分続く様に思えてならない。

なぜなら、いつでも、誰でも、自由な記事を、写真や動画など他のメディアを用いて書く事ができるからだ。

表現の幅はTwitterよりも、そして自由度はFacebookよりも高いはずだ。

 

本書では文体についてや、表現に対する意見、最終的には小説への想いが綴られている。

 

本来、ブログとは個人が自由に扱える媒体であり、そこに何を書きたいのかは本人の意志に託される。

趣味のことや日常の記録、社会や思想のことなど、実に様々だ。

例えばこのブログの様に、思い出した時に目的もなくつらつらと書く扱い方だってある。

本書では、書き物として、そして表現としてのブログを位置づけ、己という体験や考えをブログにどう投影するか、そうしたことにページを割いている。

 

ゆるゆる更新しているこのブログだけれども、誰に何をどうやって伝えようとしているか対象化させたブログのについて考えても良いかもしれない。

 

そんなことを思った本だった。