過ぎ行く日々を少しでも。

日々の色々を記録していくトコロ。

異世界転生モノ

巷では異世界転生モノが流行って久しい。

ラノベが最初にやり出したようで、それがアニメ化したものがアマゾンプライムNetflixなどで大量に流れている。

僕もついつい見てしまい、大量の時間がそれに費やされた。区切りをつけたいので、ここらで一つまとめておく。他に見たものもあるがあまり記憶に無いので書かない。 順番は適当。

 

Re:ゼロから始める異世界生活

異世界転生モノで最初に見たアニメはこれだろう。主人公が死んだら何度も何度も前回のセーブポイントからシナリオをやり直すのはRPGそのものだが、そこから生まれる喜怒哀楽が軽々しくないタッチで描かれている。特に声優の仕事がキャラクターの演技に説得力を与えており、ペテルギウスというキャラには衝撃を覚えた。松岡禎丞さんは大した役者である。

 

Re:CREATORS

作者というクリエイターと、彼ら彼女らが描くキャラクター、そしてそのファンらとの関係性をキーとしてストーリーを描いた、ユニークな作品。それぞれが主人公でありそれぞれのストーリーを持っているのだが、目的を共有して協力し合うところに、異種混合格闘技的なものがあり、またそこに新たな関係性が生まれる。それらお互いが影響し合うところに、見どころがある。音楽も良い。

 

オーバーロード

主人公が強いステータスを持って始まることが異世界転生モノには多い。俺TUEEEEの無双状態で異世界で人生楽勝モードが一つのテンプレだと思うのだが、この作品は最強クラスの主人公が人ではなくアンデッド(骸骨)であり魔族側の長として始まる。人間の命を奪うこと自体に抵抗もなくなり、与えられた長として、部下に対してどのように振る舞うか、生存戦略をどのようにプラン・実行していくか、という経営的な要素が強い。基本的には絶対的強さがあるのだが、他にも同じプレイヤーがいると考え、チェスのようにストーリーが進んでいく点に面白みがある。それと、基本人間側は死ぬので、背景を描いて視聴者に少なからず感情移入を誘導したキャラをあっさり殺す、という点もひねくれていて良い。最近見たので感想が長め。

 

転生したらスライムだった件

スライムなので弱小スタートと思いきや、特殊スキルという能力のおかげて強者スタート。他社から能力を次々と吸収しあっという間に最強クラス。しかしこのアニメは異なる種族の魔族をまとめ上げ、社会性を与えるところにユニークさがある。ストーリーが進み雪だるま式に仲間が増えていくのだが、主人公の懐の広さと常識人的な行動が、魔族の行動としては新鮮であり、それが結束の要因となっている。

 

はたらく魔王さま!

主人公強い系で、魔族が人間界に来たという逆パターン。人間の日常生活に溶け込む努力をするユーモラスさと、いざというときに強さを見せる逞しさから、爽快感のあるストーリーだったと記憶している。

  

ノーゲーム・ノーライフ

ゲーム天才兄妹が異世界で無双する、RPGとは少し違ったお話。テンポが良く一気に見れた記憶があるが、内容はよく覚えていない。確か兄がシスコンだったようだ。

 

盾の勇者の成り上がり

現在進行中のアニメ。剣、槍、弓、盾の4人の勇者の内、社会的地位の低い盾の勇者が主人公。序盤で策略にはまりどん底に落とされて人間不信に陥るという奇妙なスタートを切る物語なのだが、それが主人公に生き抜く意味を与えている。強い負の感情は時として強い生への執着を生むようだが、それが一人の奴隷少女との出会いによって、良い方向へと変わっていく。そうした負の側面といい、勇者が好き勝手戦闘する裏側にスポットを当てる手法といい、表舞台ではない、地道な裏方ルートを歩くことで、少しでも異世界の中からリアリティを生み出そうとしているようだ。一味違ったもので良い。

  

この素晴らしい世界に祝福を!

先ほど見終わった。日常系。アマゾンの評価がやたら高い。とにかくギャグと男子的エロとゆるさが繰り返されている。確か宇野常寛さんは著書でうる星やつら高橋留美子が描いた終わらない日常だとかモラトリアムだとか言い、母性のディストピアと称したことを思い出す。終わらない日常というキーワードでは世間に数多の作品があるだろうがこれもその一つであり、ハーレム状態の主人公は誰をパートナーにする、ということもなく、繰り返し繰り返し彼らの関係性の中で愉快に物語を完結させていく。唯一、母性と呼べるものは存在しなく、従ってディストピアすら存在しないこの世界は、美少女だが残念な素養がある彼女らを(なんとか)うまく転がしつつ一方で認められるという、ある意味男性のエゴを描いている作品だ。それぞれの変わった個性をそのまま認め合えると言えば、多様性を描いた聞き触りの良いものになるが、見方を変えれば都合よくハーレム状態を作り出すための口実に過ぎない。とは言え基本的に優しい世界で作られているので、その安心感に視聴者は癒やしを感じているのだろう。面白いのは、作中自己中女神であるアクアを信仰するアクシズ教との教義だ。自己肯定感というキーワードが溢れる昨今、今の時代を表す点で良い教義だなと関心したので以下に引用する。

  • アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない!
  • 上手くいかないのは世間が悪い!
  • 嫌なことからは逃げれば良い!逃げるのは負けじゃない!逃げるが勝ちという言葉があるのだから!
  • 迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの、どうせ後悔するのなら今は楽チンな方を選びなさい!
  • 汝老後を恐るなかれ!未来のあなたが笑っているかそれは神ですらもわからない、なら今だけでも笑いなさい!
  • エリスの胸はパッド入り!

 

ということで長々と書いたのだけども、結局の所、何故僕自身、異世界転生モノに興味が沸くのだろうと思わずにはいられない。

  • 主人公の圧倒的強さにより、困難が困難でないという安心感
  • 可愛い、綺麗な(複数の)女性に好意を抱かれるという男性的願望感ユートピア
  • 主人公を中心として世界が変わっていくという自己効用感
  • 変わらない日常を描くことによる快適感

もちろんこの範疇から外れる作品もあるのだが、とはいえこうしたことが挙げられる作品が多いのもきっと事実のはずだ。であれば、結局の所、都合の良い世界感に浸って現実を忘れたいのだろうなと思う。

自分自身がこのアニメのように都合よくいかないことは誰もが知っているが、しかしアニメの中ならそれは裏切られない。

もちろんこれは僕だけの解釈であるし、こう思うからこそ、僕の精神面が停滞しているように思えてならないのだ。この考え方は辛いものがあるかもしれないが、一方で僕がすべきことはもっと他にある。それに向き合わないで異世界転生モノを見ているのは、現実逃避に他ならない。

そういうわけで、平成の終わりとともに、アニメに時間を割いていた自分の行動を置いていきたいと思ったので、この記事を書くことにした。少なくとも、大量に時間を投入することはもはや慎もうと思う。

 

P.S.

上記アニメの中で複数のキャラが登場する "異世界かるてっと"を見てしまった功罪が大きい。オーバーロードもこのすば!も異世界かるてっとを見て、ついチェックしてしまったからだ。歴代仮面ライダーとかウルトラマンとかそうした大集合モノに子供が目を輝かせるように、複数の作品が入り乱れる祭り感は、そこからどんなものが生み出されるのか興味を持ってしまう。大抵はダラダラと馴れ合い身内ネタ系になるなのは分かっているのだが、それでも、、というのが辛いところ。

 

ということで、以上!