過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

考えてもらいたい時

どうにも困る人がいる。

比較的年長であり、キャリアも上ではあるのだけど、性格が天然なのか考えが掴めないことがあったり、一方で杓子定規的で文書主義でもあり、頭の固いところもある。思い込みも激しく、自己主張が強いところもある。

こうした厄介な面を持たれている先輩がいるのだが、仕事も遅く、何かにつけてずっと悩んで進まない、ということもたまにある。

例えば今日、何か1つの問題があってそれに答えを出さないといけない事があった際に、何が問題でどんなことが考えられ、何が回答として考えられるか、といったような時、僕は前提知識がある分野だからというのもあるのだが、すぐに答えにたどり着く事ができたのだけど、その先輩といえば、そもそも問題の把握が適切ではないので、モノの捉え方が違う事で全く違う点からアプローチしようとしていたのだ。

最初から答えはこれ、といっても本人のためにならない(と思っている)ので、まずは何が問題であるかをもう一度考えてもらい、考えられる回答の可能性を探ってもらおうとしたのだが、結局は中々正しい問題認識が得られず、答えを提示することになった。

この時の僕は、きっと傲慢で嫌な奴に見られていただろう。

僕としては、問題把握の違いに気づいて、かつ答えへのアプローチについて、一度考えて頂きたい、と思うのだ。勿論、アプローチは人それぞれのやり方があるのだが、少なくともスタート地点が大きくズレているのはまずい。

これ一回きりではなく、他にもスタート地点が違うことで色々とあるから、言わないといけないのだ。

 

こうした時に、上手く伝えられるようになりたい。そんなことを思う、今日この頃。