過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

牛乳石鹸

 今話題のやつ、見てみた。

 

さてこれをどう見るか。

  • バスを使った電車通勤、少し郊外のマンションか。
  • 妻は朝にジャケットらしきものを羽織っている、共働きか。
  • 会社ではちょっと頼れる?先輩の立場、資料のレビューをする
  • 昼休みにプレゼントを買いに行くマメさ。
  • 上司にミスを怒られている後輩を見て、夜に慰めるため呑みに誘う。
  • 父親ガテン系?キャッチボールする時間はなく1人壁へボールを投げていた。
  • 呑みに行く前に、ケーキは買ってある。無料で2時間のドライアイスの線を考えると、1時間程度呑んで、1時間程度の通勤時間か。
  • このあたりから考えると、おそらく帰宅が20時あるいは21時だろうか。食卓は飾られたまま、妻もすっかり着替えてしまった様子はないし、子供はまだ元気に起きている。

このあたりから推測できるのは、若干イラッとした気持ちから出てきた、ちょっとした反抗心、だろう。

主人公が呟く「家族想いの優しいパパ」と「あの頃の親父」というキーワード。

ステレオタイプ的に言えば、前者は妻の頼みをよく聞く、物分りの良い旦那であり、後者は亭主関白、にあたるのではないだろうか。つまり、発言の軸が妻にあるのか、夫にあるのか。

そんな今と昔を比べて、腹立たしさを覚えたのではないだろうか。

最初は妻に対して、そのうち自分に対して。

 

いつからこんな、反発することもなく妻の言うことをただ受け入れてしまうような「優しいパパ」になったのか。そして妻からのお叱りの言葉。

「ちょっと風呂入ってくる」

風呂につかりながらこう思う。

"親父が与えてくれたもの、俺は与えてあげられているのかな"

牛乳石鹸でほぐれた気持ち。

そして息子の誕生日会は始まる。

 

これはむしろ、父親はこうした気持ちを持っているんだぜ、という母親へのメッセージなのかもしれない。

ちょっとは俺の気持ちにも気づいてよ、牛乳石鹸のように、お互いのイライラはさっと洗い流しちゃおうよ、って。

 

違う客観視をすると。

男性側の言い分は分かる。ゴミ捨てするのは当たり前、思いつきのように用事を頼み、断るすきを与えない、いや当たり前にやってもらえるもの、という頼み方。

都合よく使われている感に男性は自尊心を傷つけられるし、そもそも誕生日当日になぜこうなった、という話もある。

女性側の立場としては、共働きだとして、料理は作るし他の家事だってしているのだから、それくらいやってくれていいでしょう、という意見だろうか。それも分かる。

このギャップを埋めるのは、日々お互い会話をすることだし、家事へのイライラをためないような素の話を少しでもできるか、できているか、だろう。

我が家は比較的に精神年齢が低いので、イライラをそんなに持ち越すことなく楽しくやっている、って言えるところがあるから、まだ幸せなのかも、って思う。

 

色んな物議が巻き起こっているけど、分断を深めるだけのネタにするのではなく、お互い話せるネタになると良いよね。