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過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

良いお年を

あっという間に2016年が終わろうとしている。

みなさん大晦日はどこでお過ごしになっているのでしょうか。

 

今年は新しい部署で新しい仕事に携わり、慌ただしい日々を過ごしていた。

行く前からある程度の覚悟はしていたが、その覚悟がいかに弱いものであり、かつ自分自身にいかに力量が無いのかというのを場面場面思い知らされる日々であった。

仕事というのはまるで生き物のようで、自分が深く追求し探求し知識を深めていくことで、技術的に応えられ場面が広がっていく面と、あるいは視点や考え方、問題をうまくさばく、ということで仕事を片付けていく面とがある。

僕は後者であることが多く、いまの仕事でも通じる部分がありはするのだけど、前者の姿勢が弱ければ弱いほど、困難と対峙したときに窮することが少なくない。

そうした時は他のメンバーに助けてもらう、というのが手段としてあるのだけど、一人でできることが少ないままであるのは良いことではないのだ。

そうした意味で、僕は僕個人の力をもっと伸ばさないといけなく、そのために経験をつまないといけないのは変わらず必要なことだ。

そこでやっかいなのは精神的な不安や怖れなのであり、そこで二の足を踏む。

そうも言ってられないのは分かっているのだが、良くも悪くも助けられながらこなしてきた経緯があることが、僕を更に怠惰にさせるのだ。

いや、ここで怠惰になるそのこと自身、僕の問題であることを物語っている。

この精神的弱さを克服することが、今までずっと直面している僕の問題であり課題なのだ。

 

色々と反省すべき点を抱えていて、それらは今まで僕が何度も過去繰り返し内省しては淡く消え、再び認識する、という地団駄を踏んでいるのだ。

 

2017年は少しでも前進ができるだろうか。

僕は僕自身に絶望しつつ、その一方で楽観的で変わろうとしない自分がいることも分かっている。

それは自分を苦しみるだけであることも。

 

一体僕は何になりたいのか?

いや、何にもなりたくないのではないか。

言ってしまえば楽をして楽しく生きていきたいだけなのだ。

そしてそのために適度な努力をしつつ、しかして不足をもがき埋めようということはしない。

 

2017年、僕は結局そのままの姿勢でいるのかもしれない。でも、そのままで良いのだろうか。

そんなことを、ちょっと思う。

 

さて、もうすぐ2016年が終わろうとしています。

今年はどんな年だったでしょうか。

どんな年であっても、2017年、お互いとって良い年にしましょう!

良いお年を!