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過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

依存性

一人の時間は貴重だ。
勉強をする、本を読む、ワインを飲みながら映画鑑賞をする。
一人の世界に埋没する行為はノイズの多い外界と距離を置くことで自分に充足感をもたらしてくれる。

一方で、妻といる時間も楽しい。いや、それが当たり前のことになっている。
妻の他愛もない話、今日の出来事、テレビへの反応など、喜怒哀楽豊かにそれを表すこと。時に子供のようにお互い戯れること。
こうした事は時に僕を癒やしてくれ、時に元気を与えてくれる。
掛け替えのないことなのだ。

一人でつまらなくしているときに、妻が帰ってくるのが分かりそわそわする。
妻と出かけるつもりでいたのに、彼女がなかなか起きずに結局互いの意見もタイミング合わずに出かけられなかった時に腹立たしく思うのは、二人で出かけたい気持ちが強かったからだろう。

これを僕は依存性というタイトルで書き始めたのだけど、その根本にあるのはうまく気持ちを切り替えられないから。
本を読んだり勉強する時間を確保するには妻といる時間を削ることになるのだけど、どうしても後者の方に気持ちが傾く。
勉強から逃げたいという回避本能が働いているきらいもあるが、妻との時間に依存していやしないかという疑問も残る。なぜならそのほうが楽しく、楽だから。
これは甘えなのだろうか。そうした依存性を示しているのだろうか。

刹那的な甘えを持続すれば長期的に怠惰な習慣となる。そしてもうそれはなった。
この甘えという依存性から脱却しなければいけないのだけど、誘惑は強い。。