過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

隔たり

新しいことをやりたい、というだけの人は受け入れない。
あの人はそう言った。
新しく入ったAさんもBさんも、そうではなかった。物事を突き詰めたいらしい。
そういう人が必要なのだ、と。

言われてやるだけの人間はいらないと、違う人が合いの手を入れる。
それはそうだろうとは思う。自分で考えなければこの仕事は回らない。

要は何がいいたいかというと、今の上司と僕の関係は好ましくない。というよりきっと悪い。
きっかけは間接的な事件だ。
僕がまるで告げ口をしたかのように、僕が原因で事件になったと思われている。
きっかけはそうではないのだが、かといって関係がゼロだとも言えない。だから僕はその事について何か言うことは辞めた。本質としては上司に非があるのは分かる。それを告げ口したという行為に非があることを思うが、直接的に僕はそうしたことをしたわけではない。と言いたい。まぁこれについては自分可愛さの話であろう。

話を戻す。
とかく僕と上司の関係は良くない。
ある意味ではある程度予想していた範囲ではある。
僕はスキルも語学力も乏しい。そんか僕がメンバーに加わるのだ。能力的に見劣っている。
将来それをどの程度、そしてより短い期間で乗り越え上回るか、受け入れ時のバタバタに伴うピンチをその将来という白紙部分と埋め合わせるように僕を受け入れたのだろう。

そう思ってしまうほどに日々隔たりを感じる。
そしてそれを感じるほどに、僕は上司、ひいては権力に対して卑屈、媚びている自分を改めて感じる。
更に言えばある程度予想していたと言いつつもそうした現実に直面すると困惑し怯む自分の甘さを感じる。

こうした自分をいま見つめている。
このままで良いとは思わない。というかそんな僕だとしても絶対に認めさせてやるとは思う。それ以上に認めさせてやると思う時点で目的が上司になるのが嫌だ。そこではない。更に大きなところ、つまり僕がいまいるところで十分にそしてそれ以上に活躍をすること、その先にワールドワイドでも一目置かれること。
あ、これってとある先輩の今の立ち位置に似ている。その面では尊敬するが、他方ではそうでは無い部分もあったりする。

とりとめが無くなってきたが、これは今始まったことではない。
もう4月だ。
後輩に拔かれる立場にある僕は、実力主義的な面に直面しつつ、そして日々の困難を目の前に、どう対応していくべきか悩みの毎日にある。

負けるな。前を見ろ。そして力をつけろ。

そんな事を考えたりする最近です。


あ、追記。思い出した。
楽しい思い出ってのは、やらない事では増えなくて、やる事で増えるってことをチュニジアで知ったんだった。あの時、飛び込んで良かったって後から思えたんだ。

今はそう思えないし、今後そう思える保証は何にもない。
だけどその価値観がまずあるんだ。
上司の隔たりを感じる前に、その体験があったはずだ。
楽しみをみつけること、ってのは上司の言葉だし、昔いた最初の偉人も、仕事を楽しめと言っていた。
飛び込んだんだから楽しめるようにやってくしかない。
そのための実践をしようよ。