過ぎ行く日々を少しでも。

日々の色々を記録していくトコロ。

ふしぎなイギリス

「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければいけない」

 

ふしぎなイギリス (講談社現代新書)

ふしぎなイギリス (講談社現代新書)

 

 

イギリスの国についてあまり知識は無かったけど、面白く読めた。

 

議会制民主主義の祖であるイギリス。

United Kingdom、日本語訳では「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」だ。

その名が示す通り、イギリスは一つの国というよりも、イングランドスコットランドウェールズ北アイルランドからなる連合国なのだ。

この本を読んで知ったのだけど、もともとイングランドにはケルト系諸部族社会であったのが、5世紀頃にドイツ地方からアングル人、サクソン人(アングルサクソン)が侵入してきた。そしてフランスから来たウィリアム一世、通称イングランド征服王イングランドを武力制圧し、現在のイギリス王室の開祖となったのだ。

このように、そもそもイギリスの歴史は多民族的であり、だからこそ移民や外国企業の経済活動に寛容らしい。

そうしたイギリスという国の成り立ちを、色んな切り口から本書は語っている。

イギリスは立憲君主制であるが、王室の社会的な意味合いや起伏に富む歴史、政治との距離感など、王室がどのようなピンチを迎え、どのように変移していったか、そしてイギリス社会においてどのような存在であるについて紹介してくれる。

政治の面では「鉄の女」と称されたサッチャーや、古いイギリス体質から近代化を推進したブレアらの政策の光と陰、そしてアメリカやEUとの外交について紹介してくれる。

あるいは、ロンドン同時テロやイギリス暴動から見える現代のイギリス社会、ひいてはグローバル社会が抱える課題や、スコットランド独立住民投票を通して見える、連合王国のパッチワーク的な脆さの露呈なども触れている。

 

僕はイギリスへ言ったことはない。イギリスと聞いて思い浮かべるのは、ぬるいビールとフィッシュアンドチップス、ジェントルマンやプレミアムリーグ、あとショーン・コネリーだ。

デイヴィッド・ヒュームとアダム・スミス、J.S.ミルもかな。

 

僕にとってヒュームが妙に印象的なのは、人間は知覚と経験の束であるした主張がある。ヒュームの著書をちゃんと読んだことがないので僕の勝手なイメージではあるのだけど、哲学の中でも「実感的」な主張であり、イギリス経験論と呼ばれる思想の代表格でもある。

「イギリス経験論」と呼ばれる程度に、フランスは理性主義の国で、イギリスは経験主義の国、とも呼ばれるらしい。

だからこそ、経験を重んじるイギリスには文書化された憲法は存在せず、前例や慣習を重んじる伝統が根付き、文書には縛られない柔軟さをイギリス社会は持っている。

伝統という観点から一つ。イギリスの首相は辞任したら国王(現エリザベス女王)に謁見し、それを承認された時から、いわゆる「平民」に戻る。

その様は、ダウニング街10番地の首相官邸兼公邸を公用車で警察の先導を受けバッキンガム宮殿へ行き、宮殿から買える際は自家用車で信号待ちをしながら帰宅する、という点に表される。同じように、新たな首相に任命された人は、逆の流れを辿る。

これが一日で起こるというのがイギリス政治であり慣習であり、現地の人に言わせれば「実にバカげた」不合理な習わしだ。

一方で柔軟さを象徴するエピソードの一つに王室の変化がある。

サッチャーの下、新自由主義政策が進められたイギリスは、財政緊縮による痛みの結果、国民にとって王室は贅沢品であるという意見が広がり、王室の支持率が低下する。

そうした流れにあるなか、ダイアナ元皇太妃の事故死による「ダイアナショック」がイギリス社会を襲うのだが、王室とダイアナ元皇太妃の間には確執があったことで、エリザベル女王はこの事故に対して当初何の動きやコメントもなかった。

これに対して国民の怒りが爆発するのだが、この時の首相であるブレアが女王に助言したことで、史上初めてバッキンガム宮殿に半旗を掲げ、国民の感情に寄り添った。

この経験を活かし、王室は鮮やかに姿勢転換をはかり「開かれた王室」へと変わるのだった。

 

毎日新聞の特派員としてロンドンとワシントンにいた著者は、現地でのエピソードを交えながらも、イギリス社会の歴史と実像を表現豊かな文章で紹介してくれる。

特にワシントン滞在の経験から、イギリスとアメリカの関係性についても紹介されているのが興味深い。

僕自身、イギリスに関する知識は殆ど無いに等しいにも関わらず、著者の豊富な知識と経験から立脚された切り口から解説されるイギリスという国の像について、興味深く、そして楽しく読むことが出来た。

大英帝国の栄光と失敗、その歴史を背景にグローバリゼーションの最先端を走りながら育まれたイギリスが持つソフトパワーや懐の深さ、あるいは直面している構造的な問題について、この一冊で幅広く知ることが出来る。

それと同時に、著者が如何にイギリス社会に惚れているのかも読み取れる。

 

日本社会に目を戻すと、一件イギリスに似た構造を持っている。

王室があり、議会制民主主義であり、規則を重んじる点など。

しかし国の成り立ちも違えば、国民性も違う。

この本を読みながら、日本の政治や社会と比較してみるというのも、この本の読み方の一つだろう。

 

ちなみに、本書で言及がなかったイギリスの「ゼロ時間契約」については筆者はどのように考えているのだろうか。

巻末で、「隣の芝は青い」と語り、イギリスに比べて日本社会においては「クオリティー・オブ・ライフ」の視点が無いと嘆いている。

それに頷きつつも、疑問も残る。

日本の政治に、「生活の質」という視点が抜け落ちている証左に日本の非雇用制度の問題がある、としているが、ではゼロ時間契約についてはどうなのだろうか。

クオリティー・オブ・ライフに憧れながらも、現状から脱せられない構造的問題がいまの日本社会にあるのは事実だろう。

しかしその問題はイギリスも同じではないか。

つまり、上流階級的発想では「生活の質」は大事だが、その基礎として生活の安定がある。

その生活基盤が揺らいでいるのが今日のグローバリゼーションの荒波から生じた格差問題であり、多かれ少なかれどの先進国でも直面している問題だ。

勿論、筆者もこの問題点について本書内では指摘しているのだが、イギリスの雇用面に関して触れられる余白は無かったようだ。

 

ともかく、イギリスという国を知るのに役に立つ本でした。