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過ぎ行く日々を少しでも。

嬉しいこと楽しいこと悲しいこと腹立たしいこと。日々の記憶を少しでも紡げる様に。

悲しいこと

同僚というか先輩というか、とにかくそうした関係にある人のお子さんが、生後間もなくして死去した。

それを知ったのは先週のことだった。

二人目のお子さんで、ご家族のことを思ってみても想像を絶するし、何と言葉をかければ良いのか全く答えがわからない。

普段職場ではタイミングが合わなければ会わず、1ヶ月くらいは会っていない。

思えばそうした大変な時期にあったからであるし、まだ暫くは直接会うことはないのかもしれない。

そうした状況のなか、今日、仕事のことで電話で会話をすることがあった。

最初の電話をしたときに、何と言えば良いのかわからないままの僕は、まずは形式張った口上をたれたのだが、途中で電話を切られた。

なので、掛け直してからはいつも通り仕事のやり取りをして、電話を切った。

そのことには触れるな。

まるでそう言うかのように、あのとき電話は切られたんだ。

だから僕は、もう、いつも通りに接することしか出来ない。

悲しみを和らげたいと考えても、どうしたらよいかわからない。

中途半端な言葉が相手の心臓をえぐるなら、いっそいつも通りに接するしかないのだ。

なんて言えばいいのかわからない。

これは甘えだったのだろうか。分からないことを本人にそのままわからないと伝えることは甘えなのだろうか。

もはや分からない。

いくら考えても、どう接しようとしても、僕はきっと中途半端な対応をしてしまいそうで怖いのだ。

「僕はあなたに寄り添います」

そうしたことを伝えたい、感じ取って欲しい。

哀しみを和らげたい。

でもそれって、僕はあなたのことを心配していますよ、というメッセージを一方的に伝えようとしているだけではないのか。

結局、自分のポージングなだけではないのか。

相手から、相手のタイミングで心が少しでも開き始めた時に、やっとそうした僕の言葉の投げかけができるんじゃないのか。

 

そんなことを思う夜。

 

こうした時、どうすることが、相手のためになるのだろう。なったのだろう。